スティーヴン・スピルバーグ版『ウエスト・サイド・ストーリー』がいよいよ日本で明日2月11日から公開されるので楽しみだ。先日購入したソンドハイムの自伝『Finishing The Hat』で本作の制作秘話を読んだら興味深いことが沢山書かれていたので自分の備忘録のために書き留めておこうと思う。
10代の頃からオスカー・ハマースタインという偉大な指導者に恵まれ、大学では音楽を専攻し、その技術を着実に磨いていったソンドハイムは常に作詞よりも作曲の方を好んでいたそうだ。これには少し驚いた。作曲の才能はもちろん言うまでもないが、まさに言葉の魔術師と呼ぶべき作詞の比類ない才能も彼にはあったから。
実は『WSS』が誕生する前の1954年、彼は『Saturday Night』というミュージカルの作詞・作曲を既に手掛けていたのだが、プロデューサーの予期せぬ死により本作は不幸にもお蔵入りになってしまう(それ故ソンドハイムのブロードウェイデビュー作は『WSS』ということになる。あまり存在を知られていない『Saturday Night』だが良曲がとても多い。これについてはまた機会があれば書きたい)。
その後『Saturday Night』の歌詞を気に入ったローレンツから『ロミオとジュリエット』のミュージカル版=『WSS』の作詞をやらないかという話が舞い込む。とりあえずバーンスタインの家でオーディションを受けたソンドハイムだったが、前述した理由で作詞のみの仕事を引き受けることには迷いがあった。そんな彼を説得したのはオスカー・ハマースタインだった。「仕事のオファーがあったなら飛びつくべきだ。『WSS』には面白いアイディアがある。また素晴らしい才能を持ったアーティストたちと仕事ができるのは良い経験になるはずだ」と伝えたのだ。一週間後バーンスタインから電話で正式な仕事のオファーが来た時ソンドハイムは承諾した。彼が25歳の時だ。
自分より一回り年上で業界での経験も豊富だったバーンスタインやロビンスとの共同制作は決して容易ではなかったようだ。特にバーンスタインとは作詞の方法が異なったので妥協しなければならない点が多かったことが自伝で語られている。バーンスタインが詩的な歌詞を好んだのに対し、ソンドハイムは現代的で会話体の歌詞を好んでいたのが決定的な違いだった。『WSS』のオーディションでバーンスタインのアパートに足を踏み入れたソンドハイムが『Saturday Night』の楽曲を幾つか演奏すると「もっと詩的な曲はないの?」と言われたというエピソードもある。
例えば“Tonight”の《Today the world was just an
address》《I have a love》で「これをNYのストリートキッズが歌うだろうか?」という不安、また《Tonight there will be no morning star》で「そもそもマンハッタンの空でプラネタリウム以外に星を見られないが…」という不安を抱えながら曲を書いていた。自伝では「今(当時2010年頃)改めて聴いてみると歌詞がキャラクターから出た言葉ではなく作家の言葉のように聞こえる。これが外国語のオペラであったらと願う」と振り返っている。
その一方でソンドハイムはバーンスタインから多くの学びを得た。一番大きかったのは自由な作曲方法だと言う。それまでの彼はコール・ポーター、リチャード・ロジャーズら先代の作曲家たちの影響によりブロードウェイの楽曲は4小節あるいは8小節で成り立つと思っていた。「その法則を無視しろ」「4小節が期待されるかもしれないが本当にすべてに必要か?」「3小節はどうだ?」という風に教えたのがバーンスタインだった。元々ソンドハイムは1944年14歳の時バーンスタイン作曲のミュージカル『On The Town』でその斬新で複雑な楽曲の虜となっていた。バーンスタインが手掛けた自由なリズムの音楽はその当時では画期的だったのだ。
『WSS』の5年後ソンドハイムは『ローマで起こった奇妙な出来事』で念願の作詞・作曲を手掛け、その後も次々とオリジナリティ溢れる音楽を生み出していった。バーンスタインが彼に与えた影響は大きいだろう。
ソンドハイムが“Maria”を初めてロビンスの前で演奏した時こんな会話が繰り広げられた。
ロビンス「トニーは何をしている?」
ソンドハイム「彼はたった今会った女の子について歌っている」
ロビンス「いや、舞台上で彼は何をしている?」
ソンドハイム「これは内面的な独白の一種で…」
ロビンス「それは分かるけど彼は何をしている?」
ソンドハイム「ええと彼は彼女の家に行く途中で彼女について歌っている。そこでセットが変わる」
ロビンス「オーケー。演劇化できたね」
やや冷酷な方法でロビンスが伝えたかったのは、ミュージカルの曲を書く時は舞台を意識するべきであるということだ。この会話以降ソンドハイムは曲を書く時は常にそれを意識し、キャラクターが曲の中で何をするべきか監督に伝えることができたと言う。ソンドハイムの演劇的な曲はこの会話から始まっているのかと思うと感慨深い。
『WSS』上演前にある危機が訪れた。リハーサルが始まろうとする一ヵ月前、当時のプロデューサーが「脚本が若者達の非行の原因を充分に掘り下げていない」という理由で降板すると言い出したのだ。突然の出来事に茫然とするバーンスタイン、ローレンツ、ロビンス、ソンドハイムの4人。憂鬱な気分でアパートに帰ったソンドハイムの元に一本の電話がかかってくる。それは彼の友人ハロルド・プリンスだった。「『WSS』が水の泡になり、私の人生は終わった」と言うソンドハイムに、プリンスは脚本のコピーを送ってくれないかと提案する。そしてプリンスと彼のビジネス・パートナー、ロバート・グリフィスが『WSS』をプロデュースすることが奇跡的なタイミングで決まる。
ソンドハイムとプリンスはそれ以降『Company』『Follies』『A Little Night Music』など数々の名作を一緒に手掛けた。名コンビの共同制作がここから始まったのかと思うとゾクゾクする。
ソンドハイムが『WSS』の共同制作で学んだことは、彼がいかに協力者を必要としていたかということだった。「たとえ私がいかに熟練した劇作家であろうと自分自身の台本を書くことはできなかっただろう」と明かしている。ソンドハイムの楽曲はどれも間違いなく独創的だが、それは『WSS』の4人をはじめ、ジョージ・ファース、ジョン・ワイドマン、ジェイムズ・ラパイン、ジェイムズ・ゴールドマンらとの共同作業があったからこそ生まれたものだ。彼は劇作家たちから与えられたテーマを自分の色で肉付けしていくのが非常に上手かったのだろう。
また共同制作は彼にとって家族の一員になるようなことでもあった。共働きの両親の元に生まれたソンドハイムは子どもの頃1人で過ごすことが多く家族の感覚がないままに育った。また10歳の時に両親が離婚し母親に引き取られるが、その親子関係は決して良くなかった。そんな孤独な幼少期を送ってきた彼にとって、新しいミュージカルが作られる度にそれらは自分以外の何かに属しているという確かな感覚、家族のような感覚を与えてくれたのだ。
■“I Feel Pretty”歌詞の後悔
ソンドハイム自伝『Finishing The Hat』には全曲の歌詞が載っているだけでも垂涎ものだが、幾つかの曲の制作秘話も語られているから楽しさが倍増する。
ソンドハイム自伝『Finishing The Hat』には全曲の歌詞が載っているだけでも垂涎ものだが、幾つかの曲の制作秘話も語られているから楽しさが倍増する。
男女混合で踊る“America”は元々ロビンスが女性のみを希望していたが実現しなかったこと(『WSS』の中で唯一女性のみのダンスナンバーにできたから)、“Gee, Officer Krupke”の《Krup You!》を本当は《Fuck you!》にしたかったがプロデューサーやレコード会社の反対により叶わなかったことなど挙げきれないほど面白い話が次々に出てくる。
その中で個人的に一番好きだったのが“I Feel Pretty”のエピソード。ソンドハイムにとって『WSS』はブロードウェイのデビュー作になるから、押韻の技術を是非お披露目したかった。本曲はその後に続くメロドラマとコントラストをなす陽気なナンバーなので、それを行うには絶好の機会のように思い、彼は得意気に韻を多用した。そして通し稽古の時にソンドハイムの古い友人で作詞家シェルドン・ハーニックがあることを指摘する。
《It’s alarming how charming I feel》
その中で個人的に一番好きだったのが“I Feel Pretty”のエピソード。ソンドハイムにとって『WSS』はブロードウェイのデビュー作になるから、押韻の技術を是非お披露目したかった。本曲はその後に続くメロドラマとコントラストをなす陽気なナンバーなので、それを行うには絶好の機会のように思い、彼は得意気に韻を多用した。そして通し稽古の時にソンドハイムの古い友人で作詞家シェルドン・ハーニックがあることを指摘する。
《It’s alarming how charming I feel》
《an advanced state of shock》
《stunning》というフレーズや単語はマリアと彼女の友人たちの口から出るような言葉ではないのではないかということだ。実はソンドハイム自身もそのことを認識した上で書いていて誰もその違和感には気付かないことを望んでいたのだが、それは間違いだった。ショックを受けた彼はすぐ歌詞を彼女たちが言いそうなシンプルな言葉に変えた。だがバーンスタインら共同制作者たちは変更前の歌詞を好んだ為そのまま進行することになってしまう。ソンドハイムはこの出来事を思い出す度に恥ずかしい気持ちになると語っている。
このエピソードを聞きソンドハイムはなんて正直で謙虚な人なんだろうと素朴に思ったし、彼のことが更に好きになった。もし私が彼の立場だったら自分を良く見せるためにそういった話はひっそり隠しておくのではないだろうか。
【参考文献】『Finishing The Hat』Stephen Sondheim(2010)
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