スキップしてメイン コンテンツに移動

今日も私はSondheimの曲を歌う


 今日も私は通勤中の車の中でソンドハイムの曲を流しながら歌っている。また散歩しながらお気に入りの曲を口ずさんでいる。なぜならとても楽しいから。
 ソンドハイムの曲は難解だと良く言われる。確かにリズムは複雑だし早口で歌わなければならない所も多いので、そう言われる理由は専門的な知識に乏しい私でも少なからず分かる。でもそのメロディは圧倒的に耳に残りやすく口ずさみやすい。難解さと口ずさみやすさが両立するのが不思議なのだが、それこそがソンドハイムの魅力なのだろう。

 イメルダ・ストーントンは英「ガーディアン」紙に掲載されたソンドハイムへの追悼で次のように語っていた。
「私にとって彼の作品は曲がどのように聞こえるかということではありません。どう感じるか、です。ある意味では彼はあなたのために多くの仕事をこなしてくれています。自分がどう歌えるか心配する必要はなく、ただ曲を読めばいいのです。彼はモノローグを書き音楽でそれぞれのリズムや鼓動を表現しています。難解で複雑ですが、その分やりがいがあります」  
 またパティ・ルポーンは昨年収録されたソンドハイムとのインタビューで「あなたの楽曲はこの上なく舞台に適しています」と彼に伝えていた。
 ソンドハイムのミュージカルに出演した俳優たちはほぼ例外なく同様のことを言っている。

 ソンドハイムの曲には素人が歌うだけでも何となくその人物になりきれてしまうような楽しさがあるように思う。ある時は大都会NYで出会いに胸ときめかせる女性になれるし、童話の中の赤ずきんやシンデレラにもなれるし、劇作家としての成功を夢見る若者にもなれるし、昔は一斉を風靡した大女優にもなれるのだ。

 そしてソンドハイムの曲には何と言っても韻の魅力がある。歌詞をじっくり読むとコレもアレも韻を踏んでいるという発見が沢山あり、その奥深さには脱帽する。韻によって心地良いリズム感が加わり歌うことが何倍も楽しくなるのだ。今回はソンドハイムの曲で使われる韻について書きたいと思う。

 アメリカの「CBSニュース サンデーモーニング」で司会者David Pogueがソンドハイムの韻の魅力について非常に分かりやすく解説していたので共有させてもらう。ここで紹介されていたのが『COMPANY』からの1曲「Getting Married Today」。


“Getting Married Today”
Go! Can't you go?
Why is no-
Body listening?
Goodbye
Go and cry 
At another person's wake
If you're quick
For a kick
You could pick 
Up a christening
But please
On my knees
There's a human life at stake!

 結婚式の当日になって怖気づいた新婦が出席者に向けて「今日は結婚しません!」とヒステリックに叫び続ける曲だ。まくしたてるような歌詞の連続でソンドハイムの曲の中でも一番難しいのではないかと思う。それもそのはず、たった11秒の間に68もの言葉が使われる箇所もあり、ブロードウェイ史上で一番速い曲の一つと言われている。
 David Pogueの解説通り、この曲は韻が何層にも重なっていてソンドハイムの言葉選びのセンスが光りまくっている。quickとkickとpick等は分かりやすいが、listeningとchristening、wakeとstakeの組み合わせには思わずにやけてしまう。

 私が好きなソンドハイムの曲は数えきれない程あり選ぶことが難しいので、ここでは特に「私が歌っていて最高に楽しい!」と思うフレーズを幾つか選んでみた。
          
“Another Hundred People”

It's a city of strangers
Some come to work, some to play
A city of strangers
Some come to stare, some to stay
And every day
The ones who stay
Can find each other in the crowded streets and the guarded parks
By the rusty fountains and the dusty trees with the battered barks 
And they walk together past the postered walls with the crude remarks

こちらも『COMPANY』からの1曲。ニューヨークをこよなく愛し「この都市の鼓動は私だ!」と言う登場人物によって歌われる。
見知らぬ人たちが行き交う大都会ニューヨーク。
今日も百人の人々が電車やバスや飛行機から降りて周りを見渡している。
仕事に来ている人もいれば、遊びに来ている人もいる。
ある者は留まり、ある者は去っていく。
混み合った通りや友達の友達のパーティーで誰かに出会えるかもしれない。
そして出会った二人は下品な言葉が書かれたポスターの壁を通り過ぎる。

前述の「Getting Married Today」と同様に曲調はスピーディーでかなり早口で歌うことになるのだが、この部分を歌うのがとても気持ち良い。
 guarded parks
 battered barks
 the rusty fountains and the dusty trees
特にこの韻がお気に入り。
           
“Putting It Together” 

Art isn't easy 
Every minor detail
Is a major decision
Have to keep things in scale
Have to hold to your vision
Every time I start to feel defensive
I remember lasers are expensive
What's a little cocktail conversation
If it's going to get you your foundation
Leading to a prominent commission
And an exhibition in addition?

 続いて点描画の創始者と言われる画家スーラの名作「グランド・ジャット島の日曜日の午後」を題材にした『Sunday in the Park with George』からの1曲。

 第二幕の冒頭、80年代。スーラのひ孫でアーティストでもあるジョージはスーラの絵画を機械で表現したアヴァンギャルドな最新作を発表。その後のパーティーでは彼の後援者やキュレーターが集まっている。ジョージは彼らと話しながら芸術制作の苦悩を歌い上げる。
「少しずつ、組み立てていく。一個一個、芸術作品を作るための唯一の方法」
「アートは簡単ではない。どんな些細なことでも大きな決断を迫られる」
 この曲はどのフレーズも韻が多用されているのだが、特にこの部分がお気に入り。
 conversation、foundation、commission、exhibition、addition
 これらの韻をマンディ・パティンキンのように軽やかに歌えたら気持ち良いだろうな(無理)。

“I’m Still Here”
I've stood on bread lines
With the best,
Watched while the headlines
Did the rest.

Been called a pinko
Commie tool,
Got through it stinko
By my pool.

First you're another
Sloe-eyed vamp,
Then someone's mother,
Then you're camp.

 最後に紹介するのは『Follies』からで個人的にソンドハイムの中で一、二を争うくらい大好きな曲。大女優カルロッタ・キャンピオンの半生を辿ると共に大恐慌から赤狩り時代までアメリカの歴史を振り返るナンバーだ。かつてハリウッドのスターであったものの年を取ると共に業界から見放されていったカルロッタ。良い時も悪い時も見て来た彼女が自身の体験と時事ネタを織り交ぜながら「私はまだここにいる」と何度も繰り返し歌う。約6分と長めの曲なのだが、ほぼ毎フレーズで韻がしっかりと使われていることに驚く。お気に入りの箇所は沢山あるのだが、特に好きな3つのフレーズを挙げた。
 linesとheadlines、pinkoとstinko、vampとcamp
 特にこれらの韻が歌っていてとても楽しい。

コメント

このブログの人気の投稿

Being Alive

  冬のある夜、私は友人と素敵なレストランとバーを訪れ多幸感あふれる時間を過ごした。やがてお開きとなり多くの人々で賑わう繁華街を通り抜けながら家路に着きアパートの一室で一人になると、不意に孤独感と寂寥感に襲われた。 このような感情は誰かと楽しく有意義なひと時を過ごした後に訪れるものだが、その夜はいつもより痛烈だった。私は気付いたらスティーヴン・ソンドハイムのバラード「Being Alive」を繰り返し聴き感傷に浸っていた。  「Being Alive」は1970年にブロードウェイで初演されたソンドハイム作詞・作曲、ジョージ・ファース脚本のミュージカルコメディ『Company』のラストを飾る曲だ。結婚の喜びと困難について描いた『Company』はトニー賞で当時としては過去最高の14部門にノミネートされ6部門で受賞という快挙を達成しソンドハイムの名をブロードウェイ界に一気に知らしめた重要な作品だ。主人公ロバートは35歳・独身のニューヨーカーで友人と恋人たちに囲まれ一見幸せそうだが、他人と深く関わることを避け、ステディな恋愛関係に踏み出す感情的な準備もできておらず孤独感をどこか漂わせる。そんな彼がまだ出会ってもいない架空の恋人=“誰か(Somebody)”に向けて「私を強く抱きしめて/深く傷つけて/必要としすぎて/知りすぎて」と歌う楽曲「Being Alive」は、その夜の私の心に深く響いた。 ■都市に生きる人々の孤独を描いた『Company』 どこにいても孤独になることはできるが、何百万人もの人々に囲まれた都市に住むことから来る孤独には特別な味わいがある。このような状態は都市生活や他の人間の集団的存在とは相反するものだと思うかもしれない。しかし単なる物理的な近さだけでは内的な孤独感を払拭するには十分ではない。他人と密接して暮らしながら自分の中で寂しく人の気配がないと感じることは可能であり容易でさえある。 オリヴィア・ラング著『The Lonely City』より  私が好きなイギリスの作家オリヴィア・ラングによる著書『The Lonely City(孤独な都市)』の中で上記のような文章があるが、都市に住む人間としてはこれをよく理解できる。たくさんの見知らぬ人々が狭いアパートに押し込まれるように住み、隣人の騒音に悩まされるくらい物質的な距離は近いのに、それぞれが会話を交わ

Assassins

  7 月 8 日に元首相・安倍晋三が暗殺された。日本で首相級の政治家が殺害されたこと(同様の事件が起きたのは第一次世界大戦前の 80 年前に遡る)、銃規制が厳しいこの国で犯人が自作した銃による凶行だったことに驚いた。 日本中に漂う不穏な空気感のなか私はアメリカ合衆国大統領の暗殺者・暗殺未遂者たちが登場するソンドハイムのミュージカル『 Assassins 』のことを思い出した。 1990 年にオフブロードウェイで初演されたミュージカルで 1970 年の『 Pacific Overtures/ 太平洋序曲』に続くソンドハイム(作詞・作曲)とジョン・ワイドマン(脚本)の共同制作 2 作目に当たる作品だ。実を言うと私はそれまで本作について有名な劇中曲「 Unworthy of Your Love 」を聴いたことがある程度で内容も詳しく知らなったため手始めにオフブロードウェイ初演キャストのアルバムを聴いてみた。 何度か聴いてみると私はどの楽曲も非常にキャッチーで聴きやすいことに驚いた。暗殺者たちのミュージカルとはまるで思えないほど陽気なメロディに溢れているのだ。その曲と言えば暗殺者が一堂に集まって不平不満を語る合唱曲、絞首台や電気椅子での処刑を待つ凶悪犯の独白といったように恐ろしいものばかりなのだが思わず一緒に歌いたくなってしまう。ソンドハイムの楽曲は基本的に中毒性が高いのだが『 Assassins 』はより高く感じられ、私は取り付かれたかのようにアルバムを繰り返し聴くことになった。 そして私はアルバムを聴きながらソンドハイムの歌詞とワイドマンの戯曲を読み進めていった。そこには暗殺者たちの苦悩が生々しく描かれ、明るいメロディとは裏腹に重苦しい雰囲気に満ちていた。この明暗の組み合わせにも非常に惹かれていった。またアメリカン・ドリームの裏側や銃の恐ろしさを描いた世界観を知れば知るほど現代の日本にも通じるものが多いことに気付かされ、ますます『 Assassins 』の虜となった。 なぜソンドハイムはこんなに親しみやすいメロディを使ったのか? ソンドハイムとワイドマンが本作で描きたかったことは何だったのか? そんな疑問を抱くことになった私は様々な文献に目を通し二人のインタビュー動画も見ることになった。そこで得た知識を基に『 Assassins 』の魅力について書き残

I’m Still Here!!

  3月に誕生日を迎えた。ソンドハイムの誕生日(3月22日)と近いことは嬉しいが、30代も後半に差し掛かると中年期が近いことを意識せざるを得ず誕生日は最早あまり喜ばしいことではなくなってしまった。  So ―  Just look at us. . .   Fat. . .  Turning gray. . .   Still playing games  Acting crazy  Isn’t it awful?  God, how depressing ―  “Don’t Look At Me”  ミュージカル『Follies』で若い頃に恋仲だったサリーとベンが中年になって再会した時に自虐的に歌うように、体に付いた脂肪はちょっとやそっとの運動では落ちなくなるし、白髪も容赦なく生えてくる。また顔の皺やシミも増えてくるし、若い時のようにちやほやもされなくなる。「ひどくない?」「なんて憂鬱なんだろう」という言葉も思わず言いたくなってしまう。なるべく年齢に囚われないように生きていきたいとは思うが、周囲の「ババア化」「ジジイ化」「劣化」といった何気ない一言が呪いの様にまとわりつき、言いようのない老いへの不安や恐怖に襲われる。私たちはその残酷な現実を受け入れながら生き続けていくしかない。  私は誕生日を迎えた後、無意識のうちにソンドハイムの “aging(年を重ねること)”をテーマにした曲を選んでひたすら聴いていた。彼がその優れた洞察力で表現してきたことをより深く理解したかったのだと思う。  ●大昔の恋や夢を引きずる中年の男女たちが同窓会で人生を見つめ直す『Follies』から  「I’m Still Here」「Could I Leave You」「The Road You Didn't Take」  ●若年から中年まで複数の男女の恋模様を描く『A Little Night Music』 から  「Everyday a Little Death」「Send in the Clowns」  ●3人の友人の20年間を中年期から青年期まで逆時系列で辿る『Merrily We Roll Along』 から  「Old Friends」「Growing Up」  そう彼が携わってきたミュージカルは中年のキャラクターが登場する大人向けの作品ばかりだったためか、