2021年11月26日、大好きなスティーヴン・ソンドハイムが亡くなった。
私はその週ちょうど出張で東京に滞在していた。日本時間で27日の朝、宿泊先のホテルで朝を迎えベッドの中でiPadを手に取りTwitterにログイン。そこで「ソンドハイムが亡くなった」という文字を目にした時は血の気が引いた。嘘だ。お願いだから嘘だと言って…。そう祈るような気持ちだった。
91歳という高齢。私がその時が来ることを全く覚悟していなかった、と言えば嘘になる。でもソンドハイムの死は信じられなかったし信じたくなかった。それはつい最近まで彼がとても元気な姿だったから。たった10日程前にはブロードウェイの『COMPANY』のプレビュー公演に訪れて観客から喝采を浴び、数ヶ月前にはスティーヴン・コルベアのショーに出演し新しいミュージカルに取りかかっていると語り、11月にNetflixで配信されたばかりの新作映画『tick, tick… BOOM!』では、主人公ジョナサン・ラーソンに宛てたヴォイスメールで声の出演をしておりファンを驚かせると同時に歓喜させた。その声がとても若々しかったので、私は当時の残されたヴォイスメールをそのまま使用したのではないかと思った程だ。でもそれは90代のソンドハイムの肉声だった。
そんな風に精力的に活動している彼はどことなく不死身のオーラさえ感じさせていたので、突然その時が来るなんて思っていなかった。でも悲しいことに人はいつか死ぬ。ソンドハイムが存在しない世界。しばらく現実とは思えず呆然としていたが、帰りの新幹線で26日の『COMPANY』公演前に行われたソンドハイムへの追悼で客席のファン達がすすり泣いているのを聞いた時、彼が亡くなったことが現実味を帯び始め急に涙が溢れ出てきた(幸い乗客が少なかったので思いっきり泣くことができたのは良かった)。
その後、数日間は彼の音楽を聴いたりソーシャルメディアに溢れる彼への追悼、感謝の気持ちを読む度に号泣。大きな悲しみと喪失感に襲われながら、私は何故こんなにソンドハイムが好きなんだろうかずっと考えていた。
What would we do without you?
How would we ever get through?
“What Would We Do Without You?”
Sometimes people leave you
Halfway through the wood
Do not let it grieve you
No one leaves for good
“Finale: Children Will Listen”
ソンドハイムの死亡を伝える記事には「ブロードウェイの巨匠」「ミュージカル界のシェイクスピア」といった言葉が並んだ。その言葉通り、彼は天才で神々しさもある。その一方でソンドハイムは実際に会ったこともないのになぜか凄く身近に感じられるアーティストでもある。それは彼の謙虚かつ寛大で人情味あふれる性格、また誰もが生きていくうえで味わう様々な感情を圧倒的な表現力で詞とメロディに込めていることに依るのではないかと思う。
ソンドハイムと私の出会いはそう昔ではなく3年前ナショナル・シアター・ライヴで上映された『Follies』を観た時だ。取り壊しが決まった劇場に集まった元コーラスガール達。それぞれの若かりし頃の亡霊が彷徨う中、往年のナンバーが流れ、さらに2組の中年夫婦が心情を赤裸々に歌い上げ彼らの問題が徐々に浮かび上がっていく。大昔に終わった恋への未練、アルコール中毒、セックスレス、出張先の愛人、不貞。叶わなかった夢、取り返せない若さと過去、あの時ああしていればという後悔。それでも続いていく人生。私がかつて観たことのある底抜けに明るいミュージカルとは異なり『Follies』には人生の苦味が詰まっている。私はすぐさま本作の虜になり最終的にロンドンまで足を運び再公演を観た。
『Follies』の魅力は語り尽くせない程あるが、最初に観た時は何よりも30年前に終わった恋に未練が残るサリーとベンの歌に心を奪われた。私はその当時とっくの数年前に終わった恋愛関係をなかなか忘れられず引きずっていた。自分は最愛の人と思っていたけど相手はそうでなかったという良くある話。本作でサリーやベンが未練たらたらに歌う「Too Many Mornings」や「Losing My Mind」には失恋の辛苦が巧みに描かれていて歌詞の一つ一つと切ないメロディが私の感情をそのまま代弁しているようだった。
Too many mornings
Wasted in pretending I reach for you
How many mornings
Are there still to come
How much time can we hope that there will be?
Not much time, but it's time enough for me
“Too Many Mornings”
I dim the lights
And think about you
Spend sleepless nights
To think about you
You said you loved me
Or were you just being kind?
Or am I losing my mind?
“Losing My Mind”
『Follies』ですっかりソンドハイムのファンとなった私は彼の過去作品を辿り『Company』に行き着いた。35歳の独身男性ボビーと友達夫婦5組、恋人3人のストーリーを通して“結婚”の喜びと困難について描いたミュージカルだ。ソンドハイムは当時結婚の経験がなかったため、メモを片手に作曲家の友人メアリー・ロジャースの元に行き“結婚”について根掘り葉掘り聞いて楽曲を作ったそうだ。
本作を観た時、私もちょうど35歳だったので結婚と独身の間で感情が揺れるボビーの姿が身に沁みた。周りの友達は結婚していたり、パートナーが居たりして「あなたも彼氏を作ったら?」と軽く言われることは良くある。また出会い系アプリで「35歳以下を希望」という自己紹介欄を見ることが多く、35歳が何となく中年の分岐点であることを憂鬱な気分で受け止めていた。公開当時の70年代と現代を比較したら、35歳で独身であることの意味も変わってきているが、世間からの結婚に対する重圧はまだまだ根強い。
『Company』でボビーが独唱する楽曲には彼の不安、恐れ、戸惑い、焦燥感が表現されていて35歳の私の胸に突き刺さった。どの曲も名曲だが、何よりエンディングを飾る「Being Alive」が素晴らしい。私を抱きしめ、深く傷つけ、私の眠りを奪う“誰か”といることは煩わしくもあるが一人ではなく生きていることを実感させられる。同じメロディを繰り返すシンプルな曲だが、ボビーの生々しい感情がじわじわと伝わってきて聴く度に涙を誘う。
Somebody crowd me with love
Somebody force me to care
Somebody make me come through
I'll always be there
As frightened as you
To help us survive
Being alive, being alive, being alive, being alive
“Being Alive”
私はソンドハイムの魅力を発見した時、なんでもっと早く出会えなかったんだろう…と後悔した。しかし今では30代の困難な時期に出会ったからこそ、ここまで好きになったのかもしれないと思うようになった。先述した『Follies』『Company』以外にもソンドハイムが生み出したミュージカルの楽曲は私のパーソナルな部分に響くものがとても多い。それは彼が登場人物の揺れ動く感情にとことん寄り添いながら曲を作ってきたからだろう。ソンドハイムのミュージカルでは曲によって登場人物の感情が曝け出され深みがどんどん増していく。その過程はとてもスリリングで興奮させられると同時に胸が張り裂けそうになる。
ソンドハイムはかつてこう語っていた。
「今まで余りに沢山の人々が『さぁ幸せになろう』と悩みを忘れる為にミュージカルを観に行っていました。私はそういったものに興味はありません。人を不幸にしたい訳ではないですが、人生を見つめないことに興味はありません」
「私自身も神経質ですし私は神経質な人々が好きです。誰もが悩みを抱えています。仕事の問題、個人の問題。誰もが問題を抱えているし、誰もが無傷のまま生きていくことはできません。だから、それについて書けば人を感動させられると思います」
HBOドキュメンタリー『Six by Sondheim』より
Twitterに@sondheimlyricsというアカウントがあり毎日ソンドハイムの歌詞の一節を呟いている。これを見る度に思うのは、彼がいかに深い洞察力で人生を見つめていたかということだ。彼の楽曲には人生で経験する様々な出来事にピッタリ合う表現が詰まっている。私はこれからもソンドハイムを聴き続け、これからの人生でつまずく時があってもきっと彼の言葉と音楽に救われるだろう。
素晴らしい音楽を届けてくれてありがとうございます、スティーヴン・ソンドハイム。
いつまでも愛しています。
May his memory be for a blessing.
I love you and thank you so much, Stephen Sondheim.
I guess this is goodbye, old pal
You've been a perfect friend
I hate to have to part, old pal
Some day I'll buy you back
I'll see you soon again
“I Guess This is Goodbye”
Not a day goes by
Not a single day
But you're somewhere a part of my life
And it looks like you'll stay
“Not a Day Goes By”
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